古典落語として有名な『王子の狐』は、現在の東京都北区王子を舞台にしたお話です。人を化かすといわれる狐を逆に人間が騙すというストーリーは、10代目金原亭馬生、5代目柳家小さん、5代目三遊亭圓楽、3代目古今亭志ん朝らが演じてきました。そもそも、王子には狐にまつわるお話がいにしえより語り継がれています。近年は、大晦日に行われる「狐の行列」など、『王子の狐』の伝承が復活しつつあると同時に、年末の風物詩になっています。東京23区はずれの、狐伝説を巡るお散歩はいかがですか。
この記事の目次表示
落語『王子の狐』
古典落語『王子の狐』は、神田辺りに住む男が王子へ行楽に行った折、1匹の狐を目撃します。普段は人気が多いその場所ですが、この時はあたりに誰もおらず、狐が自分を化かそうとしていると思った男は、逆に狐を騙そうと企むのです。
男は知り合いを装い、狐に「お玉ちゃん」と声をかけると、咄嗟に狐は、若い女性に化けました。狐を騙そうと企てる男とお玉ちゃんに化けた狐のやりとりが、落語『王子の狐』の醍醐味です。
王子はいにしえよりきつねの伝説が伝えられてきました。その伝説とは、毎年大晦日になると、関東の狐が王子の榎(えのき)の下に集い、衣装を整えて王子稲荷神社に参詣するというものです。
王子の人々は狐たちが灯す狐火の量によって、翌年の豊凶を占ったといいます。榎の下に集う狐たちの様子は、歌川広重の名所江戸百景、「王子装束ゑの木大晦日の狐火」に描かれています。
- 出典:commons.wikimedia.org歌川広重「王子装束ゑの木大晦日の狐火」
装束稲荷神社
王子装束榎(おうじしょうぞくえのき)は昭和のはじめ頃、道路の拡張工事のために伐採されるとともに、装束榎の碑も移動しました。それが現在の装束稲荷神社です。こじんまりとした祠で、普段は無人ですが、毎年2月の初午、二の午には例祭が行われます。
御札や御朱印などをいただくこともできます。また、平成5年から大晦日の狐火を再現する「狐の行列」が始まりました。狐の装束に身を包み、狐の化粧を施した子どもらが、提灯を片手に王子稲荷神社まで参詣に出かけるという行事です。装束稲荷神社は、そのスタート地点です。今では地元の風物詩としてすっかり定着しています。
- 装束稲荷神社
- 赤羽・王子 / 神社
- 住所:東京都北区王子2丁目30-13地図で見る
- Web:http://www.kanko.city.kita.tokyo.jp/data/h/2.html
割烹扇屋
さて、話を落語『王子の狐』に戻します。狐を騙そうと企んだ男は、狐が扮したお玉ちゃんを食事に誘います。飲み食いした後、お勘定を「お玉ちゃん」に押し付けて逃げようと考えたのです。
そこで男が誘ったのは、王子の有名な割烹扇屋(かっぽうおうぎや)。落語『王子の狐』は、この扇屋で繰り広げられる男とお玉ちゃんの掛け合いが笑いのクライマックスです。
首尾よく、男は狐を騙し、飲み食いした後、酔わせて泥酔したお玉ちゃんを置いて、扇屋を後にします。男は用意が周到で、扇屋の名物「卵焼き」の折り詰めを土産に食い逃げに成功しました。
現在はすでに割烹扇屋はありませんが、その卵焼きは今も健在です。新扇屋ビルの敷地にある小さな店舗で、300年続く老舗の味を購入することができます。営業時間は12時から。卵焼きは一折が1,300円。半パックが650円です。一体何個の卵を使っているのか、とても贅沢な卵焼きです。
東国三十三国稲荷総司の王子稲荷神社
狐の穴跡
お玉ちゃんを騙した男は家に帰り、勤めている店の主人にその話しをしたところ、男は主人にこっぴどく叱られました。なにしろ、当時王子稲荷神社は商売繁盛の神様として崇められており、「その神様を騙すとはどういうことだ。早く狐に謝ってこい」というので、男は翌日、狐に謝罪するため王子稲荷神社へと出向きました。
王子稲荷神社にある狐の巣穴の前まで行くと、お玉ちゃんに扮した狐の姿はなく、子狐が外で遊んでいます。扇屋の一件により、お玉ちゃん狐は人間たちにひどい目に合わされたことで負った怪我を癒やすため、巣穴で寝ていたのです。
男は子狐に、昨日のことを伝えるとともに詫びを入れ、手土産のぼたもちを託しました。その狐の巣穴の跡は、王子稲荷神社の奥に今もひっそりと残っています。
平安時代末期から1,000年の歴史を刻む
王子稲荷神社の歴史は古く、かつて岸稲荷として信仰が始まったのは平安時代末期にさかのぼり、社伝によると、源頼朝より東国三十三国稲荷総司の称号を与えられたと伝えられています。
現在の王子稲荷神社の拝殿は1822年の建造、第11代将軍徳川家斎が寄進したといわれています。現在王子稲荷神社の境内の一部は幼稚園の園庭になっており、平日は神門から入場することはできません。
ウィークデイに入場する際は神社南側の王子稲荷坂を登ったところにある入口から入ります。なお、休日は幼稚園が休みなので、神門から入ることができます。
- 王子稲荷神社
- 赤羽・王子 / 神社
- 住所:東京都北区岸町1丁目12-26地図で見る
- 電話:03-3907-3032
- Web:http://www.kanko.city.kita.tokyo.jp/data/a/4.html
風光明媚で知られた江戸庶民の観光地、王子
落語『王子の狐』の枕でも語られるのが、風光明媚な王子界隈の名所。例えば、飛鳥山公園は八代将軍徳川吉宗が桜を植栽し、行楽地として整備した公園です。春は桜、梅雨はあじさい、秋は紅葉が美しい、季節を感じさせる東京の名所のひとつです。
また、王子稲荷神社に隣接する名主(なぬし)の滝公園も見どころのひとつ。男滝、女滝、独鈷の滝、湧玉(ゆうぎょく)の滝という4つの滝があり、23区内とは思えない自然が広がっています。
王子は江戸の庶民に人気の行楽地でした。自然がいっぱいの飛鳥山公園と名主の滝公園も『王子の狐』散歩コースに加えてみてはいかがですか。
- 名主の滝公園
- 赤羽・王子 / 庭園 / 紅葉
- 住所:東京都北区岸町1丁目15-25地図で見る
- Web:https://www.city.kita.tokyo.jp/d-douro/bunka/koeni...