読谷村(中頭郡)

道の駅 喜名番所

みちのえき きなばんじょ

3

view
道の駅喜名番所(沖縄県中頭郡読谷村)

ドライブの休憩所🚗や、沖縄の文化施設ガイドℹ️としてオススメ。
バスガイド経験者の初老の女性に迎えられ、沖縄の歴史や文化施設を色々教えていただきました。

歴史も古く、1753年頃に完成し、1853年にはペリーが立ち寄って休憩しています。
琉球王国時代に首里城と国頭を結ぶ道なりにあり、宿場として賑わったのだとか。
戦後この道は米軍が整備・指定した"Highway No.1 "(後の国道58号)となり、那覇軍港・普天間基地・嘉手納基地などをつないでいます。

🫘豆知識
①番所
警備や見張役のため番人が詰める施設。具体的には江戸時代の番所に、次のようなものがある:関所(特に海上・河川を取り締まる施設や江戸の町奉行所)、辻番所(武家地の警備)、御門番所(江戸城の警備)、送番所(土佐国高知藩における宿問屋場の呼び名)など。
⚠️琉球王国では、地方機関である間切(まぎり)を統治する役所のことを指した。
②国道58号
鹿児島県鹿児島市から種子島、奄美大島を通り、沖縄県沖縄島の那覇市に至る一般国道。海上航路部分も国道扱い。
③国道の歴史
始まりは1876年太政官達第60号で県道・里道と共に定められた。当初は日本橋(東京)を起点に江戸時代の五街道を引き継ぐ形で国道が引かれ、政治的な観点から終点を仕分けし、1〜3等の等級が付された。
等級は1885年に廃止され、番号が振られるように。明治国道(1〜44号+α)、大正国道(1〜38号+α)、昭和国道(一級が1〜40号+α、二級が101〜244号+α)を経て、1965年に一般国道に。

2023年5月に訪問
Slytherin🐍

全1枚のうち( 1 - 1 枚目)を表示

編集部おすすめ記事

【トラベルライターインタビューVol.3】一人旅を応援する記事を多数執筆!Emmyさんならではの人気記事執筆のコツやその原動力に迫ります