改宗を受け入れず殉教した人たちを追悼するために建てられました
1866年、明治元年。新政府は長崎の隠れキリシタンを津和野の乙女峠にあった光琳寺跡に収容し、キリスト教を捨てるようせまりました。ですが5歳の少女「もりちゃん」を含む36人(37人とも)の隠れキリシタンは改宗を受け入れず、殉教しました。彼らを追悼するために建てられたのが、この乙女峠マリア聖堂です。
聖堂のステンドグラスにはキリシタンがどのような拷問にあったかを説明する絵と文章が書かれており、今でもなお多くの信者が訪れます。
乙女峠マリア聖堂の写真
乙女峠マリア聖堂の基本情報
- アクセス
- 住所島根県鹿足郡津和野町後田 [地図]
- 電話番号0856-72-0251
※お問い合わせの際は「トリップノートを見た」とお伝えいただければ幸いです。 - WEB
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- 備考
※このスポット情報は2016年10月7日に登録(2021年11月4日に一部変更)した時点の情報です。
内容については、ご自身の責任のもと安全性・有用性を考慮してご利用いただくようお願い致します。
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