中国地方最大の都市で、宮島や尾道など観光都市としても栄える広島県。日本国内からはもちろんのこと、世界各国から観光客が訪れる広島県ですが、約70年前の1945年8月6日、世界で初めて原子爆弾が投下されました。平和記念公園に建つ広島平和記念資料館では、当時の惨状や被爆者の遺品など、原爆の惨禍を現代に伝える写真や資料が多数展示されています。今回は、平和な社会のありがたみと原爆の恐ろしさをより感じることができる「広島平和記念資料館」についてご紹介します。
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広島平和記念資料館とは?
1945年8月6日、午前8時15分、広島に世界で初めての原子爆弾が投下されました。
たった一発の原子爆弾により、まちのほとんどが破壊され、無差別に多くの人々の生命が奪われ、かろうじて生き残った人々も心と体に大きな傷を負い、今もなお多くの苦しみ・悲しみが続いています。
広島平和記念資料館では、当時の惨状を示す写真や資料、被爆者の遺品など、現在の私たちに原子爆弾の恐ろしさを伝える様々な展示が並んでいます。
他にも、広島の被爆前後の歩みや、核時代の状況などについても紹介されており、平和の尊さを今一度考える機会を与えてくれます。
広島平和記念資料館は、全世界の人々に向けて「ノーモア・ヒロシマ」と訴えかけていると共に、様々な展示や資料を通して、核兵器のない平和な社会の実現を願っています。
本館と東館について
広島平和記念資料館には、本館と東館とがあるのですが、2018年現在、本館は改修工事のため、閉館しています。
本館は2019年(平成31年)春にリニューアルオープンの予定ですが、東館の方は2017年(平成29年)4月にリニューアルオープンを終えており、見学可能です。
東館には主に3つの展示ゾーンがあり「導入展示」、「核兵器の危険性」、「広島の歩み」となっています。
他にも、被爆者証言ビデオコーナーがあったり、フリースペースでは企画展示なども行われています。見学する際は1階から入館し、観覧料を支払った後エスカレーターで3階まで行き、2階、1階と見学していきます。
見学順路に沿って、3階からそれぞれの主な展示についてご紹介していきます。
3階の展示ゾーン
導入展示
導入展示では、被爆前の広島の様子と、原爆投下によって失われた人々の暮らしについて紹介されています。
被爆前、多くの人々の生活が営まれていた広島。それが、たった一発の原子爆弾によって、一瞬で失われた様子が伝えられています。
核兵器の危険性
こちらでは、「原子爆弾の開発と投下」、「原子爆弾の脅威」、「核の時代から核兵器廃絶へ向けて」など、核兵器の危険性について紹介されています。
原爆の開発から投下に至った経緯や、原爆の熱線・爆風・放射線などの脅威、第二次世界大戦後の核兵器開発やそれによる被害の実態、核兵器廃絶へ向けた取り組みなどが伝えられています。
被爆者証言ビデオコーナー
被爆された方の証言を自由に見ることができるコーナーです。
2階の展示ゾーン
広島の歩み
こちらは、「戦時下の広島と戦争」、「広島の復興、さまざまな支援」、「平和な世界をつくる」の3つのコーナーで構成されています。
戦時下の広島や、原爆の被害から復興していく広島の歩み、広島市を中心とした人々の平和への取り組みについて紹介されています。
1階の展示ゾーン
企画展示室
企画展示室では、「1945年8月6日-原子爆弾による被害の概要」について紹介されています。
閉館中の本館で展示されていた資料や収蔵庫で保管していた資料、寄贈された遺品などが展示されています。
とくに寄贈された遺品からは、原子爆弾の恐ろしさがありありと伝わり、見学している多くの人々が言葉を失うゾーンです。
ビデオシアター
ビデオシアターでは、原爆記録映画の放映や、被爆体験伝承者による定時講話が行われています。
ミュージアムショップ
ミュージアムショップでは、原爆や平和に関する書籍や、バッジ、キーホルダー、絵はがき、Tシャツなどをはじめ、様々なグッズが販売されています。
おわりに
原爆の恐ろしさと、平和な社会のありがたみが感じられる「広島平和記念資料館」はいかがだったでしょうか?
学校や教科書で習ってきた以上の原爆の惨禍がそこにはあります。核兵器廃絶と平和への祈りを改めて強く感じさせてくれる「広島平和記念資料館」に、ぜひ足を運んでみて下さいね。
- 広島平和記念資料館
- 広島市 / 一人旅 / 観光名所 / 博物館 / 歴史博物館
- 住所:広島市中区中島町1-2地図で見る
- 電話:082-241-4004
- Web:http://www.pcf.city.hiroshima.jp/