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【イラク】殉教王子とイスラム教の聖地カルバラー

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東京在住
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2023年12月2日更新

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写真:toshel

イスラム教の聖地といえばサウジアラビアのメッカが有名です。イスラム教徒は一生に一度、メッカ巡礼(ハッジ)することが義務付けられています。同様に、イラクのカルバラーにもイスラム教シーアにとって重要な聖地があります。今回は、歴史を辿りながら聖地カルバラーをご紹介します。

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イスラム教シーアの聖地カルバラー

イスラム教の聖地といえばサウジアラビアのメッカが有名です。イスラム教徒は一生に一度、メッカを巡礼(ハッジ)することが義務付けられています。同様に、イラクのカルバラーにもイスラム教シーアにとって重要な聖地があります。

カルバラーは、バグダッドの南南西約80キロメートルのユーフラテス川中流右岸にあるイラク中部の都市です。西暦680年のイスラム教シーアとスンニの戦いの際、預言者ムハンマドの孫でシーアの第三代イマームであるフサインが殉教した場所として知られています。カルバラー中心部にはフサインの眠る廟が建てられ、イランやイラクをはじめ世界中のシーア派教徒の巡礼の絶えない聖地となっています。

カルバラーの戦い

この聖地を語るに「カルバラーの戦い」は外せません。イスラム教に「スンニ」や「シーア」という派閥が確立されるキッカケともなった戦いです。ここで、イスラム教に「スンニ」と「シーア」という派閥が明確になった二人の悲劇の戦いを簡単にご紹介します。

イスラム教に派閥のできたキッカケと正統カリフ時代

そもそも、預言者ムハンマドがイスラム教を布教していた時代、スンニやシーアという派閥はありませんでした。ただ単に「イスラムの教え」があるのみでした。しかし、ムハンマドの死後、次のリーダー(カリフ)を決めるにあたり、実力や能力で選ぶべきとする意見と、預言者ムハンマドの血筋を重視すべきとした意見が出ました。

※カリフとは、預言者ムハンマドの後継者として、イスラム教徒を統率した国王の呼称です。

結局のところ、ムハンマドの死後に正統カリフ時代のカリフ4人は実力で選ばれました。

  • 第一代カリフ:アブー・バクル(632年 - 634年)
  • 第二代カリフ:ウマル(634年 - 644年)
  • 第三代カリフ:ウスマーン(644年 - 656年)
  • 第四代カリフ:アリー(656年 - 661年)

この4人のうち四代目アリーだけはムハンマドの遠い血筋でした。イスラム教創始者ムハンマドの従兄弟であり、娘婿でもあったのです。派閥が決定的になったのは第四代カリフのアリーが暗殺されてからです。

暗殺の応酬とウマイヤ朝

正統カリフ時代のカリフたちは、一代目のアブー・バクル以降3人とも暗殺されています。三代目カリフのウスマーン(ウマイヤ家出身)が暗殺されたとき、ウマイヤ家のムアーウィアはこの事件をアリー派の仕業として彼のカリフ就任を否認し、復讐を叫んで徹底的に対立します。アリーはカリフ就任後、信奉者の多いイラクのクーファへメッカから遷都しますが、クーファのグランドモスクで祈祷中、毒の塗られた刃で襲われ殺害されます。

父アリーの死を受け、長男ハサンがカリフに即位するも、ムアーウィヤはそれを認めず攻撃をしかけ続けます。長男ハサンは当初こそ応戦していたものの「人々の命を救い、イスラム教を守るため」とカリフ位を辞任。

アリーの長男ハサンがカリフを辞任したことで、ムアーウィヤは単独カリフとなり、自己の家系によるカリフ位の世襲を宣言して西暦661年にウマイヤ朝を開朝します。

イマームを正統としたアリー・シーア

これに反発したのがアリーの支持者。アリーを信奉し、以前から血統を重んじていた人々は「単に信者から選ばれたにすぎないカリフは信仰上で誤ることがある」が、「神アッラーの使徒としてムハンマドの血統を受け継ぐ者は誤ることはない」と、ウマイヤ朝のカリフ制を否定しました。

そして、「ムハンマドの娘ファーティマを母として生まれた長男ハサン、次男フサインの2人こそイスラム教の長に相応しい」とし、アリーを初代イマームとして長男ハサンを第2代イマーム、次男フサインを第3代イマームに推戴すると、ウマイヤ朝のカリフを無視し、イスラム教の真の教徒派閥としてアリー・シーアを形成していきます。

イスラム教シーアの12イマーム

  • 第一代イマーム:アリー(父)
  • 第二代イマーム:ハサン(アリーの長男、ムハンマドの孫)
  • 第三代イマーム:フサイン(アリーの次男、ムハンマドの孫)
  • 第四代イマーム:アリー・ザイヌルアービディーン(フサインの息子)
  • 第五代イマーム:ムハンマド・バーキル
  • 第六代イマーム:ジャアファル・サーディク
  • 第七代イマーム:ムーサー・カーズィム
  • 第八代イマーム:アリー・リダー
  • 第九代イマーム:ムハンマド・タキー
  • 第十代イマーム:アリー・ハーディ
  • 第十一代イマーム:ハサン・アスカリ
  • 第十二代イマーム:ムハンマド・ムンタザル(マフディー) - 隠れイマーム

アリーの長男ハサン毒殺

西暦669年、長男ハサンが死去します。ムアーウィヤが東ローマ帝国から毒を調達し、ハサンの妻に盛らせました。怒りを募らせる第三代イマーム次男フサインとアリーの支持者たちは、ムアーウィヤの死去により世襲でカリフとなった息子ヤズィードのカリフ位を否認。飽くまでも「預言者ムハンマドの聖裔に連なるアリーの一族のみがカリフに就き得る」との姿勢を崩さず、ついにヤズィードへ宣戦布告します。

フサインの出陣と誤算

そして決戦の日を迎えます。しかし、ここでとんでもない誤算が生じます。カルバラーでフサインと合流する予定だったアリー支持者クーファ軍が、ウマイヤ軍に封じ込められたのです。フサインはメッカから連れてきた少人数でカルバラーの戦いに挑まなくてはなりませんでした。圧倒的に劣勢(70:4,000)のなか、自軍はあっという間に虐殺され、最後は次男フサインと、旗手として戦う彼の異母兄弟アッバスのみとなります。

アッバスは大胆さと勇気を兼ね備え、フサインを守るため不屈の精神で戦ったとして、アリー・シーアのムスリムから究極のパラゴンと見なされています。背が高くてハンサムだったそう。最期まで戦ったアッバスは、500人の狙撃兵に射抜かれ即死。その後、フサインも怪我のひどさのために地面に倒れ絶命します。西暦680年10月。

  • 写真:toshel次男フサイン
  • 写真:toshelアッバス

未だに愛されるフサインとアッバス

現代においてもシーアのムスリムにとって彼らは悲劇のヒーロー。英雄中の英雄。アイドル中のアイドル。殉教王子として未だに熱烈に愛されています。そのフィーバーぶりが尋常ではないのですよ。

偶像崇拝禁止のイスラム教において、彼らの描かれた(上図)タペストリーや団扇、ティカップ、皿、タオル、ポスターなどなど、雑貨のありとあらゆる物が売られています。熱狂的なファンのおかげで、それらも飛ぶように売れています。まさにアイドル。

  • 写真:toshel左から次男フサイン、父アリー、異母兄弟アッバス

筆者はこの辺りで車道走行中、度々彼らの顔が電柱に永遠と掲げられる道路を通りました。店の正面に大きなフサインの横断幕を吊るしているビルもありました。偶像崇拝禁止のイスラム教では大変に珍しい光景です。カルバラーの戦いももう、1,300年以上前の話なのですが。。

カルバラーの戦いに破れた二人の廟

スンニに破れたアリーシーアの殉教王子フサインと、異母兄弟のアッバスは、ここカルバラー中心地にある大きな2つの寺院にそれぞれ埋葬されました。ここはシーアにとっての聖地となり、年間数百万~数千万人が巡礼に訪れます。

  • 写真:toshel

フサイン寺院

こちらが次男フサインの廟ある寺院です。建物が勇ましく感じられます。

  • 写真:toshel

上述の通り、毎年カルバラーの聖地には世界中から数百万人、多いと一千万人を優に超える巡礼者が訪れます。年々増加する巡礼者を収容するため、幾度もの拡張工事を行い、最後の工事はほんの数年前に終えたばかり。お布施も高額で貴重品や宝石も納められるそう。

  • 写真:toshel
イマーム・フサイン寺院
イラク / 寺 / 観光名所
住所:カルバラー 寺院地図で見る

アッバス寺院

外壁の美しいこちらはアッバス寺院です。

  • 写真:toshel

砂漠の暑さを潤すようなブルーの装飾。これほど広い壁の細かなところまで、よくぞ完璧に装飾していると筆者も感心しました。聖地は少しでも欠けたらすぐに修復されます。

  • 写真:toshel

早速、中へ入ってみます。靴とカメラを預け、持ち物とボディチェックののち中へ入ります。寺院はいずれも、女性と男性の入口は別で内部も男女は分かれています。

少しずつ幅と形を変えた上部壁も、手前から眺めたときの壁をグラデーションしています。日本の神社に通じるところがありますね。

  • 写真:toshel

2つの寺院は外装こそ違えど、内装は度肝を抜かれる壮麗さです。

  • 写真:toshel

信仰心強く、美意識高く、少数派で結束強いことも相まって、細部に至るまで妥協はありません。

  • 写真:toshel

信者は椅子に座ってコーランを熟読されています。

  • 写真:toshel

靴下履いてても伝わる滑らかで弾力のある高級シルクのペルシャ絨毯。隙間なく敷き詰められています。内部は神聖な雰囲気です。デザインの大部分は、ペルシャと中央アジアの建築家によって設計されたそう。

  • 写真:toshel

天窓ドームから差し込む太陽光は、まるで天の思し召しのよう。  

  • 写真:toshel

寺院は二重構造になっていて、中へ入ると中央に壁で囲まれた第2の部屋があります。そこにアッバスの廟があります。一重目に増して豪華絢爛で麗しい。

  • 写真:toshel

アッバス棺は黄金に輝いて存在感を示しています。この周りには歩く隙間もないほど女性が座り込み、コーランを音読しています。彼らが殉死したのは1,300年以上前。遠い過去に亡くなった人、言わば歴史的な人物ですが、シーアのムスリムを守るために殉死した彼らの廟とあって、棺の外側を囲う格子にすがってさめざめと泣いている女性も一人や二人ではありません。

  • 写真:toshel

サウジのメッカや、イランのマシュドと同様に、ここカルバラーもシーアのムスリムが一生に一度は巡礼する聖地。これだけ信仰心の厚い人々が集まると、その場にいるだけで何か身体が軽くなるような気がします。やはり純粋な信仰心の集まる聖地は、気の張り方もちょっと違うものがあります。軽い病気などは簡単に治るのでは?という、何か森林や滝壺の近くでマイナスイオンを存分に浴びて包まれているような気分です。

アッバス寺院
イラク / 寺 / 観光名所
住所:カルバラー アッバス地図で見る

イマーム・フサインの追悼祭「アーシュラー」「アルバイーン」

フサインとアッバスの命日に「アーシュラー」、その40日後には「アルバイーン」と呼ばれる追悼祭が行われます。世界最大の年間巡礼の一つで、シーアのムスリムにとって、とても重要な日です。

こちらは2023年のアルバイーンの様子です。コロナ禍前の2019年には世界中からおよそ2,500万人が巡礼のためカルバラーを訪れたそうです。2023年は自粛明けということもあり、更に多くの巡礼者が訪れました。

  • 写真:toshel
  • 写真:toshel

カルバラーからもう一つの聖地ナジャフまでのおよそ80Kmの道のりを歩きます。丸一日かかりますが、沿道には出店も連なり聖地巡礼する人々を激励していますよ。

  • 写真:toshel
  • 写真:toshel

カルバラーのおすすめホテル

カルバラーへ行かれる方におすすめのホテルは、「Baron Hotel」です。

  • 写真:toshel

フサインの寺院ある中心地から離れていますが、毎時フリーシャトルが寺院へ向けて出発しますので、これを使うと大変に便利です。この街には珍しい、外資系ホテル並み設備の充実したホテルです。レストランも各国料理が並んでいます。

  • 写真:toshel

The Baron Hotel Karbara

The Baron Hotel
イラク / ホテル
住所:カルバラー Baron hotel地図で見る
Web:https://www.thebaronhotels.com/

カルバラーの行き方

首都バグダッドから行く場合、ここで書いたように、アラウィ・サウス・ガレッジから向かいます。乗車時間は一時間前後です。

カルバラー
イラク / 町・ストリート
住所:イラク カルバラー地図で見る

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この記事を書いたトラベルライター

地球旅~現在191ヵ国~
行ったことのない国を中心にひとり旅しています。他国の歴史、文化、宗教、遺跡、そしてそこに住む人々の考え方に興味があります。

車の運転が好きなので、海外ではドライブ旅を楽しんでます。普段は会社員です。

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