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一葉が暮らした大音寺前
『たけくらべ』に登場する「大音寺前」という地名は、竜泉寺町の俗称として当時呼ばれていました。竜泉寺町は吉原大門とはちょうど反対側にあるため、吉原遊廓に入るには、ぐるりと回り道をしなければいけません。吉原遊廓の喧騒は手にとるように聞こえるのに、見返り柳まではかなりの道であるという『たけくらべ』の冒頭の文章は、大音寺前という町を絶妙に表現しているといえます。
樋口一葉住居跡
一葉の住居跡は国際通り、竜泉の交差点から東に50mほど入ったところにあり、現在は案内板が立てられています。先述したように山の手から下町に移り住んだ一葉の驚きは、『たけくらべ』に描かれています。
例えば、
半さしたる雨戸の外に、あやしき形なりに紙を切りなして、胡粉ぬりくり彩色のある田樂でんがくみるやう、裏にはりたる串のさまもをかし
出典:樋口一葉/円地文子訳(1986).『たけくらべ・山椒太夫 (少年少女日本文学館1)』講談社
「昼間から半分は閉ざした雨戸の外に何やら得体の知れぬ形に紙を切って胡粉を塗りたくったところは彩色のある田楽そのままで、裏にはった串の様子も奇妙である」=円地文子訳
というくだりは、酉の市で販売される縁起熊手の準備が一葉の住まいの周囲で多く見られたのでしょう。一葉の驚きが伝わってきます。
一葉の足跡を今に伝える、台東区立一葉記念館
樋口一葉住居跡から徒歩3分の場所にあるのが、一葉記念館です。昭和36年地元有志が立ち上がり、本邦初となる女性作家の単独文化館として、台東区が開館しました。
その後、一葉が五千円札の肖像に採用されたのを機に改築。平成18年11月に、新記念館がオープンしました。とても美しい外観の立派な記念館に、一葉の未定稿や着物など、貴重な遺品が数多く展示されています。推敲の痕がうかがえる『たけくらべ』の未定稿も展示されています。
建築的にも優れており、クールな外観と美しい内観は一見の価値があります。
入館料は大人300円、団体(20名以上)200円・小中高生100円、団体(20名以上)50円です。
- 一葉記念館
- 浅草・上野・谷根千 / 博物館 / 雨の日観光
- 住所:東京都台東区竜泉3丁目18−4地図で見る
- Web:http://www.taitocity.net/zaidan/ichiyo/
一葉記念公園
一葉記念館に隣接する公園が一葉記念公園です。昭和13年、竜泉寺公園の名で開園した同公園は、戦火によって荒廃、その後昭和24年地元の有志が再整備し、一葉記念碑を再建、公園名も一葉記念公園と改めました。
公園内には『たけくらべ』の記念碑が立ち、碑文には一葉の旧友である歌人の佐佐木信綱の歌二首が刻まれています。また、公園の前には菊池寛の撰文による記念碑も立てられています。小さな公園ですが、一葉の思いの一端に触れられるような気持ちが湧いてきます。
鷲神社(おおとりじんじゃ)
鷲神社は、通称「おとり様」と親しまれ、酉の市発祥の地といわれています。酉の市とは、11月の酉の日に開催される例祭のことで、来る年の開運、授福、殖産、除災、商売繁昌をお祈りします。酉の市の日には熊手御守(かっこめ)の授与や商売繁盛を祈念する縁起熊手が販売されるなど、多くの人で賑わいます。
『たけくらべ』のラストは鷲神社の酉の市が登場します。一葉はその酉の市を
此年三の酉まで有りて中一日は津ぶれしか土前後の上天気に鷲神社の賑わひすさまじく、此処をかこつけに検査場の門より入り乱れ入る若人達の勢ひとては天柱くだけ地維かくるかと思はるる笑ひ声のどよめき
出典:樋口一葉/円地文子訳(1986).『たけくらべ・山椒太夫 (少年少女日本文学館1)』講談社
「この年は三の酉まであって、中の一日は雨でつぶれたけれど、前後は上天気だった。大鳥神社の賑やかさは、天も地もひっくりかえるかと思うほどの凄まじい笑いとどよめきなので」=円地文子訳
とつづりました。その賑わいは今に伝えられています。
境内には一葉文学碑の他、一葉の師である半井桃水に宛てた未発表の書簡文が刻まれた樋口一葉玉梓乃碑が建てられています。
- 鷲神社
- 浅草・上野・谷根千 / 神社 / パワースポット
- 住所:東京都台東区千束3丁目18−7地図で見る
- Web:http://www.otorisama.or.jp/
竜華寺のモデル、大音寺
『たけくらべ』に登場する藤本信如は、竜華寺の僧侶の息子です。竜華寺は架空のお寺さんとして登場しますが、このモデルになったのが、竜泉にある浄土宗大音寺と言われています。国際通りから山門を眺めると、その向こう側に凛とした本堂を臨むことができます。
千束稲荷神社
龍泉の氏神として古くから地元から崇敬されてきた千束稲荷神社。『たけくらべ』でも、重要な舞台として千束稲荷神社が登場します。
八月廿日は千束神社のまつりとて、山車屋台に町々の見得をはりて土手をのぼりて廓内までも入り込まんづ勢ひ、若者が気組み思ひやるべし
出典:樋口一葉/円地文子訳(1986).『たけくらべ・山椒太夫 (少年少女日本文学館1)』講談社
「八月二十日は千束神社の祭りである。山車・屋台に町々が見栄を張って、土手をのぼって廓内まで入り込もうという勢いに若者どもの気組みが思いやられる」=円地文子訳
なお、現在は千束稲荷神社の例祭は5月の第四土曜日となっています。境内には樋口一葉文学碑が建てられています。
- 千束稲荷神社
- 浅草・上野・谷根千 / 神社
- 住所:東京都台東区竜泉2丁目19−3地図で見る
- Web:http://senzokuinari.tokyo-jinjacho.or.jp/
おわりに
『たけくらべ』の舞台となった吉原遊郭と下谷区竜泉寺町は、当時の名残りを残して今に至っています。一葉が住んだ町に一歩入ると、今も一葉の息遣いが聞こえてくるようです。『たけくらべ』は知っているけど、読んだことがない。樋口一葉は知っているけど、どういう人か知らない。そんな方におすすめの散歩コースです。