鳥取城跡が残る久松山はJR鳥取駅から車で約10分の距離にあり、市街からもその頂きがよく見えます。山麓付近は久松公園として整備されており、かつての鳥取城を十分に感じさせてくれる二の丸跡や三の丸跡、国内唯一の球面石垣である天球丸跡などは比較的楽に散策することができます。しかし、山頂を中心とした山上ノ丸にある天守櫓や車井戸、鳥取市を一望できる絶景スポットまでは、それなりの装備と覚悟が必要な険しい道です。簡単に行きやすい山麓と、標高263mの登山を要する山頂の、両方の鳥取城跡の見所について紹介します。
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鳥取城とはどんなお城?
鳥取城は、戦国時代から明治維新に至るまで、久松山の自然地形を利用して築かれた山城です。
因幡地方の政治拠点として長く存続したことにより、土でできた中世城郭と石垣でできた近世城郭が併存しています。
日本城郭史上でも珍しく、昭和32年には学術的・歴史的にも貴重な城郭として国指定史跡に選ばれています。
鳥取城の有名な歴史
鳥取城は戦国時代に、織田氏と毛利氏の対立により、二度にわたって羽柴秀吉の攻撃を受けています。
特に、天正9年に鳥取城将・吉川経家との戦いで秀吉が行った徹底的な兵糧攻めは「鳥取の渇え殺し」として広く知られています。
全国最大級とも言われる強固な包囲網で山全体を幾重にも取り囲み、最後は経家の自刃により幕を閉じました。
久松山には現在でも、多くの陣跡が残っています。
お手軽散策!山麓の見所8選
冒頭にも書きましたが、久松山の山麓付近は久松公園として整備されています。
山頂ほどの険しさや危険な場所はなく、道や階段なども歩きやすいです。
それでいて、十分に史跡も楽しめるのでお散歩や観光、気軽な城巡りにオススメです。
山麓の見所その1:北ノ御門跡
北ノ御門跡は、鳥取県立博物館側の入り口にあります。
袋川が悠然と流れており、石垣とのコラボレーションの景色には風情があります。
山麓の見所その2:表御門跡
表御門跡の周辺は高い石垣が連なっています。
周囲を石垣に囲まれた道を歩いているとタイムスリップしたような気分を味わえます。
山麓の見所その3:二ノ丸跡
二ノ丸跡は鳥取城山下ノ丸のほぼ中央部に位置しています。
広場には草や木々が生え、見晴らしも良く、憩いの場としても活用されています。
山麓の見所その4:石切場
石切場は、かつて石垣を築くために石を切り出した場所です。
崖の表面には、「矢穴」と言われる長方形の穴があり、この穴に「矢」と呼ばれるクサビを入れ、大きなハンマーで叩いて岩を割り、石を切り出したそうです。
現在でも、その長方形の矢穴がしっかりと残っているので、ぜひ注意深く見てみて下さいね。
山麓の見所その5:三階櫓跡
この場所には、創建当時の最新建築様式だった層塔型の三階櫓がありました。
層塔櫓とは、正方形の櫓台に上階を下階より規則的に小さくして積み上げた櫓のことをいい、一階は八間四方、二階は六間四方、三階は四間四方で、山陰地方で初めて建てられたものでした。
元禄5年に山上ノ丸の天守櫓が焼失してからは、この三階櫓が鳥取城の象徴となっていましたが、明治20年に解体撤去され、現在その姿は残っていません。
山麓の見所その6:菱櫓跡
菱櫓は、土地と建物が共に菱型であり、西南隈の三階櫓と東南隅のこの菱櫓の対比で鳥取城の風格を現していました。
明治維新までその偉容を誇っていましたが、現在は跡地だけとなっています。
山麓の見所その7:三ノ丸跡
三ノ丸の城郭は、池田長吉の時代に鳥取城大改造によって築造されました。
江戸時代中頃以降には藩主の御殿が建てられ、城内の最も重要な場所として発展しました。
また三ノ丸の背後には庭園があり、その跡地を望むこともできます。
城郭内の庭園は、この鳥取城のほかに、数える程しかなく、大変貴重な庭園跡といえます。
山麓の見所その8:天球丸巻石垣展望所
山麓の見所紹介の中では一番高い場所にある、国内唯一の球面石垣である天球丸巻石垣展望所。
印象的な大きな木が二本生えており、視界的にも開けていて、静寂さがあります。
鳥取市街を見渡すこともできるので、山麓周辺の史跡巡りを楽しまれる方はここをゴールとして目指すことをオススメします。