世界で最も重要な美術館の一つといわれるイラク国立博物館は、メソポタミア・コレクションを数多く展示した美術館です。今回は、こちらに展示された作品をご紹介しながら歴史を掘り下げていきたいと思います。
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イラク国立博物館
イラクの首都バグダッドにあるイラク国立博物館は、メソポタミア・コレクションを数多く展示した美術館です。世界最古の文明とされるメソポタミア(地元イラク)から出土したシュメール、アッカド、アッシリア、バビロニア、イスラム文化までの石像や壁画、陶器、金属、楔文字のタブレット、羊皮紙などの遺物が収蔵・展示される世界で最も重要な美術館の一つと云われています。
展示物の中には今からおよそ8000年前の遺物もあります。、多くは新アッシリア時代のもので、今からおよそ2800年前にメソポタミアからエジプトまでの古代オリエントを初めて統一したBC7世紀頃の遺跡が中心です。
メソポタミアの遺物
それではこれより、イラク国立博物館に展示されている主要な遺物をご紹介します。
キング・サルゴン二世像
こちらはキング・サルゴン二世です。在位:紀元前2334年頃 - 紀元前2279年頃)とされ、古代メソポタミアのアッカド帝国を建国した、古代オリエント政治史上最も重要な王の一人です。王冠をかぶり、前の開いた長い衣服を着ています。長方形のあごひげを生やし、ブレスレットとイヤリングを身に着けています。
こちらの壁ではサルゴン二世は右手を挙げて右の軍事司令官に何かを託けているように見えます。
彼は実の息子センナケリブ。サルゴン二世が退いた後、センナケリブはシリア、フェニキア、バビロンを次々と併合してメソポタミアを統一し、ドゥル・シャルキンを去ってご近所のニネヴェに砦を構えます。
現地の作品横の解説には「左手に植物を持っている」と書かれています。ヤシの葉だ、蓮の葉だなど諸説あるようです。シュメールの時代からヤシは神聖なもので、知恵を与えるとされていたそう。ヤシの木は砂漠でも成長し実を結ぶ唯一の木としてシュメールの記録に言及されており、アザや腫瘍の治療に用いたとも。
また、母親をヤシの木に見立て、その大切さと深い母性を伝えたらしい。ハムラビ法典にも、ヤシの木に関する事項が7条(全部で282条)も出てくるようです。
守護霊(ガーディアン・スピリット)
大きな翼が背中に生えたこちらは、作品解説によると天使。ネットではガーディアン・スピリット(守護霊)の「アプカル」だとする向きが多いようです。アプカルは善なる守護精霊。
彼らはチグリス・ユーフラテス川がペルシア湾へ注ぐデルタ地帯に住んでいたので、洪水に悩まされていました。このため、エンキ(メソポタミアの神)の指示により、人々に大洪水に耐えうる知恵を授けたり、エリドゥの水神エアと協力して大洪水を人類に知らせるなどの「七精霊」がアプカルで、カッシート以降の新バビロニアや新アッシリアから頻繁にレリーフに描かれるようになりました。バビロニアの神官ベロッソスが書き残した『バビロニア誌』にも登場したそうです。
アプカル(若しくは天使)は古代メソポタミアの神性の象徴である王冠をかぶり、右手には松ぼっくり。
左手には聖水を容れるバケツ。メソポタミアの神や精霊は浄化のプロセスにバケツの聖水を注いだのだとか。
因みにこの「松ぼっくり&バケツ精霊」はメソポタミアだけでなく、世界のあちこちで見ます。南米エクアドルで発見されたものは頭部がイグアナです。ところで、サルゴンも神も精霊も、高位にある者の手首に着いているブレスレットは菊花紋に見えます。
以前ご紹介したバビロニアのイシュタル門の下部にもそれらしいものが描かれていましたよね。
日本皇室の紋章として使われている菊花紋は中世、鎌倉時代に後鳥羽上皇が家紋にしたとされているようですが、それは真実なのでしょうか?メソポタミアの菊リストバンドや日本の菊家紋は、実のところ世界中で目にします。エルサレムのヘロデ門やパキスタンやエジプトの遺跡でも筆者は確認しています。ヘロデ門はじめ、どこで見ても必ず花弁は16枚です。
有翼の人面獣身像
城壁で囲まれた基壇の上に王宮と神殿、ジッグラトがありました。王宮の入り口にはこちら、有翼の人面獣身像。人間の頭を持つ翼のある巨大な雄牛が、宮殿と街を結ぶ門に建てられていたよう。特徴的なティアラを身に着けています。古代イラクの神々の象徴である角のある王冠をかぶせ、「上部には菊の花の形をした花飾りを飾っています。」 と解説に書かれています。
この有翼人面獣身像は、現在のイラク紙幣500ディナールにも載っています。
さあ、時代を少しだけ遡り、サルゴン二世の治世より前の現イラク北部ニムルド、古代都市名:カルフにある重要な考古遺跡へ移ります。カルフは紀元前717年にサルゴン王がドゥル・シャル キンに首都を移すまでの150年以 上にわたってアッシリア帝国の首都でした。
シャルマネセル三世
彼がシャルマネセル三世。目が大きく、ハッキリとした顔立ちですね。線は細いながら力強さを感じます。肩にかかる長髪。そして、ひげのカール。現代でもそうですが、この辺りの人々は顎髭に何か権威がありますね。欠けてしまっていますが、両手を胸の前に組んでおり、これは崇拝のポーズだそう。
シャルマネセル三世は、ウラルトゥ、パレスティナなど多方面への遠征を繰り返し、彼の彫像に戦績を示す楔形文字の碑文を遺します。この像はシャルマネセル三世の遠征のうち初期の戦争について書かれ、アダッド神への祈りと嘆願で終わります。アダッドは雷と雨の神です。彫像の碑文には、シャルマネセル三世の21、22回目の遠征記録が刻まれています。そうやって、遠征から帰る度に自分の像を造らせ、戦術や成果を記録したのですね。
黒色オベリスク
こちらはシャルマネセル三世像のすぐ横に展示されている黒色オベリスク。黒石灰岩製の彫刻です。こちらもニムルド(カルフ王宮)から発見されています。イラク国立美術館のこれはイミテーションで、オリジナルはロンドンの大英博物館にあります。
高さは2.2mあり、上部はジッグラトの形をしています。このオベリスクは考古学史上、最高レベルに重要です。それが故に、イラク国立博物館では素材までオリジナルそっくりに再現したそうです。このオベリスクは四角錐で4面あり、それぞれの面に5層、20コマのレリーフが刻まれています。多くは征服した国々からの戦利品を持ちこむ様子や、各国からの貢物が運ばれる様子を示していますが、このオベリスクが考古学上、最も重要だとされるのは、とある人物のレリーフがあるからなのです。
上から二段目、シャルマネセル三世に跪いている人。この人はイスラエル王イエフ(在位:紀元前842 ‐ 815)です。旧約聖書に登場する人物の肖像が現存するのは世界でただ一つ、このオベリスクだけなのだそう。このため、これは相当な価値あるものだそうです。また、上下段に楔文字で書かれた文にはペルシア人への言及もあり、これも最古級なのだとか。
このオベリスクは真に重要なもので、レプリカはここだけにあらず。米国のハーバード大学はじめ、NZのカンタベリー博物館やデンマークの古代美術博物館、オランダの聖書考古学資料館など至る所に設置されています。日本も、日本にも、池袋の古代オリエント博物館にレプリカを展示しています。
シャルマネセル砦の玉座基壇
こちらは、ニムルドのカルフ王宮シャルマネセル砦の大広間で発見された自身の玉座の基壇です。黄色がかった石灰岩の2つの大きなブロックでできており、高い下段の上に浅い上段があります。下段のサイドには、とあるシーンのレリーフが施されています。
下段のレリーフには様々なシーンが刻まれています。日傘を差されているのはアッシリア王のシャルマネセル三世(右)とバビロニア王マルドゥク・ザキル・シュミ(左)が天蓋の前に立ち、握手しています。彼の後ろには弓矢を肩にかけた人が3人います。
シャルマネセルへの貢物を抱えた人々がこのあとに続きます。何か色々な物を運んでいます。長い列を成して貢物を運んだのでしょう。
立派な毛並みの馬もいくつも彫られています。
貢物が続きます。
以前掲載したイランのペルセポリスにあるアパダナ宮にも、各国から贈られる貢物が壁レリーフに描かれていましたね。ペルシャ帝国アケメネス朝配下の国々の使者が、列を成してダレイオス三世へ貢物を届ける様子が詳細に彫られておりました。これらのレリーフは、アケメネス朝から遡ること数百年前のアッシリアやバビロニア時代には、このように既にあったのですね。
メソポタミアは北のアッシリア、南のバビロニアの時代が長く続きます。お互いが協調していたわけではなく、シャルマネセル治世時をはじめ、バビロニアはその後のサルゴンやセンナケリブに何かと軍事介入され、アッシリアに征服されたり、また、バビロニアがアッシリアを併合するなど政権奪取を繰り返します。古代、最終的にはペルシア帝国アケメネス朝に両者とも墜ち、その後の復活はありませんでした。
シャルマネセルは、世界で初めて望遠鏡を発明したとされるガリレオの3,500年前に、既に月の表面を観察し、冥王星の動きを捉えていました。
ハトラの王
時代は紀元後に移ります。これは、ハトラの王サナトルク1世(在位:140年頃~180年)の大理石像。頭には鷲の頭飾りを身に着けています。ハトラの第10神殿で発見されました。台座の碑文は、アラム語文で「Sanatruq」とキッチリ書かれているおすです。
ギリシャのアレクサンドロス大王による東方遠征によってペルシア帝国アケメネス朝が陥落したあと、アレクサンドロス時代とセレウコス朝を経てパルティア時代へ移行しますので、ヘレニズムが浸透していますね。ヘレニズムは、ギリシアとオリエンントの融合した文化です。
女神アル・ラット
ライオンの上に立つ3人の女性。中央に軍服を着た女神アル・ラット。両脇はアル・ウザとアル・マナト。この三人はどうやらアラビアの女神のよう。アケメネス朝以前は決してない女性像です。
大物から小物まで展示物満載
ここまで、重要となる主なメソポタミアの遺跡をご紹介しました。
大物から小物まで、メソポタミアの時代ごとに展示されるイラクで発掘された重要な歴史的遺物は、かなりの展示数です。
ここでしか観れない貴重なものも数多く展示されていますので、バグダッドへ訪ねた際はぜひお立ち寄りいただき、古代の歴史を探してみてください。
イラク国立博物館の情報
イラク国立博物館は、フロア面積が広く展示物の多い美術館ですが、開館時間は平日の9AM‐1PM(金曜のみ9AM-5PM)と短く、土日は休館しています。
入場料は25,000イラクディナール、日本円でおよそ2,750円(2024/3月現在)です。